対気速度によるプロペラピッチの自動制御

2019/12/22

GPS PSoC5 センサ 運用 資料 製作

Team 'F'の速度世界記録挑戦用の機体Nextz AVANTの運用が再開されました。

Nextz AVANTには対気速度によりプロペラのピッチが自動で変化するシステムが搭載されています。
このシステムは、2015年の年末くらいから開発を始めて、2016年春頃にひとまず完成し運用を行ってきています。
効果については搭乗したパイロットがTwitterでコメントしていますが好評のようです。
備忘録も兼ねて、主に電装側がどのようなシステムになっているのかを書きたいと思います。

全体の構成

機構としてはボールねじ付きのステッピングモータでナットブロックを前後させ、リンク機構によりプロペラから伸びたホーンを動かすことでピッチ角を変化させるものです。

自動ピッチ制御システムの機構部。中央の赤紫色の部分がステッピングモータで、灰色のナットブロックが上下に移動する。この動きが青紫色のリンク機構で回転運動に変換され、プロペラピッチが変化する。

完成した自動ピッチ制御システム。組み立ての都合で上に示した設計からホーンの形状が変化している。先端部(右側)には、ピッチ角が逸脱した際にステッピングモータを止めるためのリミットスイッチが見える。

システムの開発は機構側を作業場に来るメンバで、電装側を私が行うことで分担しました。

電装側のシステムは対気速度計のデータ取得・処理を行うコックピット側と、ステッピングモータの制御を行うプロペラ側に分かれます。
両者の間で通信を行う必要がありますが、回転部をはさむ通信で(スリップリング等を使わない限り)有線を使うことは難しいため、無線でリンクしています。
開発当初は、データの送受信に無線と光の2重冗長系を用いる予定で、どちらの方式でも通信が可能なところまでは確認しましたが、システムが複雑になるので無線のみの構成としています。

コックピット側(1)

コックピット側では対気速度を測定し、プロペラ側にプロペラピッチ指令値を無線で送信します。
対気速度の測定やプロペラピッチ指令値の計算には2016年まではHPA_Navi IIを、2019年からはHPA_Navi IIとほぼ同じ構成のTinyFeather拡張基板(詳細は未公開)を用いています。
Nextz AVANTでは5孔ピトー管およびプロペラ式の対気速度計を用いて対気速度を測定していますが、より実績のある後者のデータをプロペラピッチの制御に用いています。
プロペラ式のもので対気速度はロータリーエンコーダにより測定しているので、単位時間のパルス数として測定結果が出力されます。これを、対気速度(単精度浮動小数)・対応するプロペラピッチ(単精度浮動小数)・ポテンショメータ角度(単精度浮動小数)・プロペラピッチ指令値(16ビット符号付整数)と順に変換し、TWE-Liteにシリアルデータを送信、無線によりプロペラ側に送られます。
通信フォーマットはいつもどおり人力飛行機用拡張Sylphide形式を用い、可変ピッチユニット用にVページ(Variable Pitch PropellerのV)を新たに定義しました。
CRC16によるエラー検出等を行うため、TWE-Liteのファームウエアには自前のものを用意しています(データの送受信が可能。コックピット側とプロペラ側で共通)。

プロペラ側のピッチ角検出用角度センサのゼロ点ばらつき等により発生するプロペラピッチのオフセットはコックピット側基板で調整します。
HPA_Navi II等のコックピット側基板には、2つのタクトスイッチ(ピッチのプラス・マイナスに対応)が接続できるようになっており、±0.1度刻みでオフセットが調整可能です。

プロペラ側

プロペラ側では、受信したプロペラピッチ指令値をもとに、5相ステッピングモータMB0601のフィードバック制御を行います。
基板の構成は、データ処理・制御・ロギング用のHPA_Navi IIIとステッピングモータの制御基板の主に2枚です。ステッピングモータの制御基板にはエレ・メカ・ホビーショップSECで販売されていたサンケン電気 SI-7510 + SLA-5073 + SLA-5074を組み合わせた基板を利用しました。
HPA_Navi III(白い基板) + TWE_Lite(赤い基板)。左上と右上のセンサ入力ポートはファームウエアを書き換えることで状態表示用LED出力として利用している。また、左下のポートからはステッピングモータ制御信号が出力され、ピッチ角検出用の角度センサも接続されている。右下のポートにはステッピングモータの電流・電圧を検出した信号が入力される。基板下部に取り付けられている紫色の部品が小型GPSアンテナ。未接続のJST PH 3ピンコネクタ x 2にステッピングモータ用のLiPoバッテリを接続する。写真左側にはLiPo保護基板がわずかに見えている。
モータドライバ基板。電源(左)、ステッピングモータ(右)、HPA_Navi IIIからの制御信号(左下)、リミットスイッチ(中央下)につながるコネクタが取り付けられている
バッテリは、HPA_Navi III用に1セル400 mAhのLiPoを使用しています。また、ステッピングモータ用には2セル330 mAhのLiPo (Hyperion G5 SV)を2直列で使用しています。このLiPoバッテリには過放電・過充電保護回路が内蔵されておらず、油断するとバッテリをダメにしてしまうので、外付けの4セル用保護回路 PCB-S4A5-GSを取り付けています。
(この保護回路はバッテリと常にセットで使うことを前提としていて、バッテリの接続直後には電圧が出力されない仕様のため、リセット用[VMP-VDDショート]のタクトスイッチが取り付けてあります。詳細はデータシートの「注意事項」の項に記載があります。)

HPA_Navi IIIでは、TWE-Liteで受信したプロペラピッチ指令値をもとに主にステッピングモータのフィードバック制御を行います。
プロペラピッチに対応する角度はフィードバック用の角度センサで検出されます。検出した角度と指令値との差分を求め、必要なステッピングモータ操作量(=パルス数と回転方向)を求めます。
脱調が起こらない範囲では、ステッピングモータは送信したパルス数分だけ正確にナットブロックを送ると考えられるので、単に(ゲイン1倍の)P制御しか行っていません。
ステッピングモータの駆動は回転方向の切り替え時に脱調が発生しない範囲の5 kHzのパルスを与えることで行っています。

5相ステッピングモータドライバ基板は専用のICを用いたもので、回転方向を指定し、駆動パルスを入力するだけでステッピングモータを動かすことが可能です。
ステッピングモータの駆動の元となるパルスは、Verilogで書いたパルス発生モジュールをPSoC 5LPに組み込むことで生成しています。
また、ドライバ基板にはEnable入力がついていますが、ここにはリミットスイッチが接続されており、プロペラピッチがプラスまたはマイナス側に行き過ぎた場合には、モータドライバの出力がカットされるようになっています。
このリミットスイッチは、プラス側とマイナス側の超過を1つのスイッチで検出できるように機構側に工夫が加えてあります。

HPA_Navi IIIの基板上にはロガー時刻の同期のため、小型(9 mm角)のGPSアンテナも搭載しています。
その他にも、HPA_Navi IIIの標準機能として9軸センサが搭載されているので、ジャイロセンサによる回転数の計測も可能です。

また、HPA_Navi IIIでは、バッテリの電圧・電流やデータ通信の監視も行っています。
大量にLEDがついていますが、
外付け1 [] LiPo電圧(HPA_Navi III)
外付け2 [] LiPo電圧(モータドライバ)
外付け3 [] 無線受信データのCRCエラー、無線データ受信、無線データ送信、ステッピングモータ駆動パルス
基板上 [] micro SDエラー、GPS可視衛星数、GPS 1PPS、micro SDアクセススランプ
となっていて、バッテリやデータ通信の状況等を監視できるようになっています。
プロペラ側基板で取得したバッテリ電圧等のデータは、TWE-Liteにより無線でコックピット側に戻されます。
運用中の自動ピッチ制御システム。通信等の状態を表示するLEDが20個近く取り付けられている

コックピット側(2)

プロペラ側基板から送信されたデータには、バッテリ電圧(HPA_Navi III用・ステッピングモータ用)が含まれており、受信した値はパイロットディスプレイとして用いているAndroid端末に表示しています。
また、Android端末にはコックピット側とプロペラ側基板のリンク状況が表示されており、1秒以上プロペラ側基板側からのデータが途切れると通常は緑色の「LINK表示」が赤くなることで、通信ロストを知ることができます。

むすび

自動ピッチ制御システムはひととおり動いていますが、2016年春のテストフライトに間に合わせるために作りはかなり妥協したものになっています。 現在のバッテリ容量だと、こまめに電源を切ってもテストフライト中にバッテリ交換が必要な場合があり、使い勝手が悪い等の問題もあるため、春のテストフライト再開までに改良を加える予定です。
原因のひとつはステッピングモータ制御に使っているMOSFETのオン抵抗が高く、かなりのエネルギが熱として失われているためなので、モータドライバを自作するつもりです。
また、現在の構成だと複数枚の基板でシステムが構成されており、多数の配線が飛び交っていたり、基板の実装密度が低く重量がかさんでもいるので、基板を1枚にまとめ、システムをよりシンプルにもするつもりです。